「○○が一人旅に行ってきたらしいよ」
映画鑑賞サークルという建前ながら、テレビ画面に映っているのは「大乱闘スマッシュブラザーズ」か「ぷよぷよ」だけ。月に一度くらい開かれる鑑賞会にもロクに参加せず、ただ授業の合間の時間を潰すためだけに、入学してからの3か月間、サークルの部室へ毎日のように通っていたました。
そんな中で耳に飛び込んできた言葉。
「一人旅」
(一人旅って何?旅行じゃなくて旅ってちょっとかっこつけてない?)
それが正直な感想でしたが、なんとなく興味が湧き、一人旅に行ったという彼に次々質問を投げかけました。
「一人旅って一人で行く旅行?」
「一人で行って何するの?」
「旅って旅行のこと?」
「楽しいの?」
これが一人旅を知ったきっかけであり、自分でも驚くほど興味が湧いたことを覚えています。
しかし、当時の僕は極度のシャイでした。一人では緊張して飲食店にも入れないし、店員さんから声をかけられるのが嫌で、服を買いに行っても服よりも店員さんの位置に注意を注いで避け続けながら買い物をするような人間でした。とにかく初対面というものが苦手で、緊張してうまく話せなかったのです。
そんな僕にとって、一人旅というもののハードルはえらく高く、その憧れは決して手の届かない星のようなポジションに置かれることになりました。
それから一か月程過ぎた頃、僕の好きな教科の受講中、先生が突然あることを言い出しました。
「静岡県の浜松市にあるスズキ自動車の博物館に行った者は、期末試験の点数に10点をプラスする。」
これはチャンスだと思いました。
「一人旅に行く口実ができた!」
正直言って一人旅のことを考えるだけで緊張しましたが、大学に入学して初めての期末試験。しかも僕は一般入試を受けて入学したのではなく、AO入試。つまり勉強せずに入学した組。博物館に行くだけでプラス評価が貰えるのは嬉しい。そしてその入試のとき、面接官を担当されていたのがこの先生。運命めいたものを感じ、週末に浜松へ向かう予定を立てました。
そして土曜日の早朝、僕はJR京都駅にいました。
学生なので、新幹線を使うという選択肢はなく、普通電車で向かうつもりでした。ここで最初の難関に突き当たりました。浜松行きの切符は、券売機で買うことができる料金の上限を超えていたのです。
恐るおそる「みどりの窓口」へ向かうことにしました。
「浜松までの切符をください」
当然のことながら、特急券はどうするか聞かれましたが、乗車券だけで大丈夫ですと伝えました。確か4千円強だったと思います。学生にとっては痛い金額でしたし、復路のことを考えると気分が落ち込みました。
何度か乗り換えをしました。うまく予定通りに乗り換えられるか心配でしたが、駅の表示は丁寧なので、案外簡単に乗り換えることができました。気づけば周りの乗客の方言が変わっていたことに感動したのを覚えています。
4時間強でお昼前に浜松駅に到着しました。朝ごはんも食べていなかったので、まずは腹ごしらえをすることにしましたが、当時の僕はシャイな性格だったので、飲食店に一人では入ることができませんでした。
しかし、これは一人旅。頑張って昼ごはんくらいはお店で食べてみることにしました。
今日の一人旅にあたり、事前に浜松について調べていました。当時はスマートフォンというものが一般的ではなく、例えば地図ですら見ることが困難な時代です。
事前の情報によると、浜松といえば浜名湖でとれるウナギが有名だそうです。そして運がいいことに、駅の目の前に鰻屋さんを見つけました。ためらうと入れなくなることは分かっていました。僕は意を決して勢いよくのれんをくぐりました。
「1名様でしょうか?」
1名であるということを恥ずかしく思いながら、小さい声で返事をしました。すでに緊張で動転しています。
席に着くや否や、メニューを開き、目を皿にして見渡しました。もし店員さんが奥に引っ込んでしまうと、その店員さんを呼ぶ必要がありますから、店員さんが席周辺にいる間に注文をする必要があったからです。
そして血の気が引きました。
(うな丼2,800円)
このメニューこそが、この店で最安の鰻だったのです。恐らく店先にもメニューもしくはディスプレイくらいはあったことでしょう。ためらいを振り切るために一念発起して入店したことが仇になりました。
僕は当時、外食をあまりしませんでしたし、しても学食くらいしか食べませんでした。とにかく貧乏大学生でしたから。
しかしながら、店に入るハードルより遥かに高い「店を出る」ということなど僕にはできませんでした。
「うな丼ください」
あれほど必死な注文は今振り返ってみても他にありません。
席からは店内に設置されたテレビがよく見えました。何かお昼のバラエティ番組が流れていましたが、内容が全く頭に入ってきません。
程なくして、うな丼がやってきました。肝吸いまでついています。
僕は一刻も早く店から逃げ出したい気持ちで、テレビを凝視しながら一気にうな丼を食べました。緊張のあまり、肝吸いはもちろん、鰻の味すら全く感じませんでした。
店員さんがレジ付近にいるチャンスを狙って席を立ち、会計を済ませると足早に外へ出ました。
初めての一人飲食店を克服した瞬間でした。全身の緊張が解けるのが分かりました。
それと同時に、気を緩めてはならない気がしました。
(もしかすると今こそシャイを克服するチャンスなのかもしれない。そしてきっと今のはまぐれでしかない。何度も繰り返さなければ慣れることはない気がする。)
僕は商店街へ向かいました。
浜松は浜松餃子というものも有名だそうです。僕は一人飲食店を克服するため、これから5店舗で浜松餃子を食べることを決めました。緊張のあまり、お腹が空いているのか空いていないのか、もう全くわかりません。
浜松餃子という文字が目に飛び込んでくると同時に、ためらうことなく店内に入ると、すぐに浜松餃子のみを注文し、食べては次の店へ行くことを繰り返しました。
そして5店舗目を出た時、ようやくほっとすることができました。時間はもう3時を過ぎていました。本来の目的であるスズキ歴史館へ向かうことにしました。
スズキ歴史館は浜松駅から1駅となりの駅だったので、再び電車へ乗り、到着したのは4時少し前。緊張しながらチケットを買うと、閉館は4時半とのことでした。大急ぎで館内を回りましたが、結構おもしろかった事を記憶しています。
4時半の閉館まで満喫し、浜松駅まで戻りました。
どうやら、旅というものは、その場で宿を決めるそうです。しかし、宿泊費として考えていた予算は、鰻と餃子に変わり、消えていました。
一人旅を教えてくれた彼は、野宿やネットカフェで寝泊まりしていたという話を思い出しました。
運よく、先ほど餃子を食べ歩いた商店街で一軒のネットカフェを見つけていました。
例のごとく緊張します。ネットカフェに泊まるだなんて、店員さんからどんな風に思われるんだろうと心配でした。
受付に行くと、どうやらまずプランを選ぶようです。
寝られるスペースがいいなと思っていたので、床が平らでやわらかいクッションになっているという「フラット席」というものに決めました。そして、9時間パックというものがあったので、それを選ぶことにしました。
自分のブースに向かい、荷物を置くと、なんだかまだまだ何かやれそうな気持になってきました。
受付で外出することを告げ、再び商店街に出てみました。しかし、夜の商店街はなかなか怖そうな雰囲気になっていました。とりあえず歩いてみようと思い、どんどん進んでいきました。
商店街から外れても、どんどん進んでいきました。
「オニイサン、マッサージ?」
突然自動販売機の横から女性が飛び出してきました。僕は驚きと恐怖のあまり逃げ出しました。
(外国人に声をかけられた!しかもマッサージってなんだ!?)
もしかすると危険な人かもしれない、と怖くなり、すぐにネットカフェに引き返そうとしましたが、今来た道を戻ると、またあの自動販売機の前を通ることになります。
(さっき逃げてしまったから、もしかすると怒っているかもしれない!)
僕は大回りをしてネットカフェへ戻ることにしましたが、現代のようにスマホで地図アプリを使えばいいという時代でありません。
急いで携帯で浜松の地図のページを開きましたが、現在地がどこかわかりません。ようやく現在地が分かるページを見つけましたが、当時の携帯の性能的に、現在地が正確に割り出せないようで、歩くたびに現在地がずれます。
たった20分ほど歩いてきた道でしたが、帰るのには1時間くらいかかってしまいました。
歩き疲れてお腹が空きました。一人飲食店チャレンジをする予算もありません。大人しくコンビニでおにぎりとパンを買い、ネットカフェのブースで無料のコカ・コーラと一緒に食べました。
食べ終わると、無性にさみしくなってきました。
僕はたまらず、あろうことかネットカフェの店員さんに声をかけました。
「僕ねぇ、一人で京都から来たんですよ」
振り返ってみるとただの怖い人です。しかし店員さんは優しく相手をしてくれました。
その流れでシャワーを借りました。まさかネットカフェにシャワーがついているなんて思いませんでした。
シャワーを浴び終えると、ブースの中で漫画を読みました。明日の朝、京都に戻る予定です。
夜も更けてきたので、ブランケットを被り、狭いフラット席に丸まるように横になりました。
大きな達成感と満足感を大切に抱えて眠りに落ちました。
せんまさお
最新記事 by せんまさお (全て見る)
- 【世界一周#402】今日は2つ星ホテルです - 2024年9月13日
- 【世界一周#401】海賊に狙われた街 - 2024年9月12日
- 【世界一周#401】海賊に狙われた街 - 2024年9月12日
コメントを残す