布団の中で悩んでいた。昨日決めた通り今日次の街へ向かおうか、それとももう一泊だけしようか。
寒いので布団から出られない、いや、出たくない。これ以上この街に残ってもやることなんてない。しかし居心地が良いもんだから飽きるまでずっとここに居たくなっていた。
Nガノさんが起きてきた。ようやく布団から出た僕は、宿の無料インスタントコーヒーを一杯飲み、スタッフのメディナに延泊する旨を伝えた。
やってしまった。もう二度とこの宿から出られない気がする。絶好のチャンスを失い、暗い気持ちの中、庭先でタバコを吸う。
何のために旅をしているんだろうか。いろんなものを見てみたいから、体験してみたいから旅している気がする。しかしもうそれすら分からない。
それならば、その国の良さを知る旅なんてどうだろうか。ジョージアは居心地の良い国のようだ。そう考えれば長居するのは当たり前で、目的無く滞在するのがジョージアの楽しみ方なんじゃないだろうか。
タバコを吸い終えるまでにその結論に至り、少しの満足感を抱えてベッドに戻った。
何もしていないのにお腹が空いた。仕事中のNガノさんを誘って中華料理を食べに行った。
チャーハンと青椒肉絲、焼き餃子を注文。
店員さんに中国人か聞かれたが、そりゃそう思われても仕方がない。
チャーハンから運ばれてきた。うまそうだしうまかった。日本の中華料理で食べるチャーハンと同じ味で、中国のチャーハンとは異なる。
ジョージアを訪れた日本人は口を揃えて、ジョージアの料理は美味いと言うが、ジョージア人と日本人の味覚は近いのかもしれない。
ジョージア料理は、所謂、日本で食べる洋食と似た味付けだから親しみやすい。
半分ほど食べたところで青椒肉絲と餃子が運ばれてきた。餃子のタレはないんですね、と話しながら食べていると、忘れていたようで数分後に店員さんが無言で置いていった。
青椒肉絲は本場と同じく、ピーマンではなく唐辛子のようなものが入っているので辛い。肉だけ食べる。
餃子はヒンカリと同じような味付けなので新鮮味はないが美味しい。しかしチャーハンが一番うまかった。
店の近くでお土産屋さんを見て回る。Nガノさんはヒンカリ柄の靴下を買っていた。
やることがないので宿に戻る。やることがないのだ。
スタッフのメディナはNガノさんのヒンカリ柄の靴下を見て爆笑している。
食べたら眠たくなったので昼寝でもするかとベッドに戻る。
YouTubeを見ていると、スタッフのメディナが僕たちに集合をかけた。
「悪い評価がついてしまったの。このままだと私は職を失って路上に住むことになってしまうわ。」
正直者だ。ホテル予約サイトに過去最低の評価がついてしまったらしい。珍しく弱気な表情をしている。
香港人のカレンが言った。
「私たちはこの宿が気に入っているから長い間泊まっているの。良い評価を書くから安心して。」
その通りだ。正直言ってクセがありすぎるメディナだが、一周回って皆この宿に愛着が湧いているのはメディナのおかげだ。
旅にホテル予約サイトが使われるようになったのは恐らくここ5年ほどのことだが、主に欧米人の間でその重要性は高まっている。競争が激しい観光地では、評価の高い宿には人が集まっている。逆に評価が低い宿は避けられる傾向にある。
宿に備え付けの情報ノートがインターネットに代替されるようになってからは、旅人に愛される、つまり情報が蓄積された宿はただの古い宿＝評価の振るわない宿に落ちぶれてしまっているのが現実だ。日本人宿に関しては別枠だろうが。
自分の足で宿を探すのも旅の楽しみの一つだ。しかし最安価格に近い宿を一発で見つけられるホテル予約サイトを使わないのは旅人が好きな縛りプレイの一種なのかもしれない。
旅はあくまで趣味なのでその選択も無下に否定できない。予約サイトに載せていないローカル色の強い宿は安いことが多く、味もある。
予約サイトの評価項目では表せない価値がこの宿にはある。どうか数字だけで判断しないで欲しいが、予約サイトでは数字だけが目立つから悔しい。
正直言って予約サイトで評価が高い宿はおもしろくない。スタッフは愛想よくミス無く振る舞い、清潔感漂うベッド、十分に広い中庭には居心地のいいベンチとテーブルが備え付けられ、シャワーは十分に暖かく、夜は静かで素晴らしい。
それに比べてこの宿は、スタッフは客にキレまくったかと思えばタバコと酒をねだり、野良犬は室内を歩き回り、狭い玄関先で立ってタバコを吸う。シャワーは二人同時に浴びれば水量が半減し、夜遅くまで騒がしい。
逆に言えば、スタッフは客と近い目線で過ごし、かわいい犬がすぐ側にいて、狭いスペースに集まった客同士が仲良くなり、シャワーの譲り合いで謎の連帯感が生まれ、夜遅くまで盛り上がれる仲間が作れる。良い宿じゃないか。
ホテル予約サイトの評価基準は旅人が泊まるような安宿には相応しくない。評価が高い宿ほど、ホステルやゲストハウスようなものではなく、ホテルのようなサービスに近いものが受けられるようなイメージだ。
ただ評価が低ければ良いという訳でもないが。つまり、旅人にとって良い宿は、今も昔も旅人の口コミが一番正確だということだろう。
昼寝する気もなくなったので、共有スペースでダラダラとしていると、日本人がやってきた。先日宿にいた日本人からの口コミでやってきたらしい。
スタッフが情緒不安定だけど気にしないであげてほしい、と冗談まじりで伝えると、なんとなく伝わったようで笑っていた。
Nガノさんとトビリシの有名なレストランへ行く。今晩もシュクメルリとオーストリ、マッシュポテト、パン、レモネードを注文。
オーストリはビーフシチューみたいなやつ。レモネードはジョージア名物らしく、何度か飲んだが確かに特別美味しいのだ。
今夜も腹一杯。贅沢な旅だ。
せんまさお
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