早起きしてバスターミナルへ向かおうとするが、寝不足でどうも身体が怠い。移動が続いているので体力も弱っている。
宿からバスターミナルまで歩いて30分。途中、急な坂を挟む。弱気になった僕は、タクシーを呼んだ。
タクシーなんて久しぶりだ。約400円でターミナルまで乗れた。まだまだ恐れる額ではない。
さあバスに乗るぞと思ったら、バスターミナルへの入場料180ディナール(180円程度)がかかるらしい。なんてこった、残金は昨夜全てスープに課金したというのに。
じゃあカードで、とクレジットカードを出す。
「キャッシュ オンリー」
無慈悲な。国際線の出発ターミナルで現地通貨の現金しか受け付けないなんて信じられないアイデアだ。
ATMの引き出しは1,000円程度から。両替所に行き、2ドルだけ両替してくださいと言うが断られる。
2ドルを握りしめ、別の両替所を探す。なんとか見つけた両替所で、2ドルを200ディナール(200円程度)と両替することができた。
190ディナールを払い、10ディナールをポケットにしまってバスに向かった。
今日は初めてFlixBusというものを使う。旅人から聞いていた便利なバスで、アプリで予約し、アプリの乗車券で乗車。決済はクレジットカードで、社内にはトイレとコンセント、Wi-Fiまでついている。
中でも、トイレのあるバスほど心にゆとりを持てるものはない。トイレのないバスどころか、トイレ休憩が草むらとかだったことを考えると、急にリッチな旅になった気分にもなる。
しかし、このFlixBusは他のバスより安いらしいのだ。価格破壊だ。路線はある程度限られているが、ここから西の国々では、メジャーなスポットへは大体このバスの路線があるらしい。
荷物を預け(東欧諸国では荷物代を別で払うことがしばしばあった。しかも現地通貨が基本。セルビアのバスターミナルの入場料と同じくイケてない。)、QRコードの乗車券を提示し乗車。スタッフも優しい。




席は自由なのでトイレに一番近い席にした。トイレが重要なのだ。
数時間後、国境へ到着。爆睡から目覚め、パスポートを持ち、セルビアの出国手続きはバスの外で。
審査官が僕のパスポートをジロジロ見ている。何か聞いてくるが、英語が通じず(!)バスのスタッフが呼ばれる。
どうやらコソボのスタンプが気になるらしい。
「何しに行ったの?」
観光です。
「どこに行ったの?」
プリシュティナ以外は地名を忘れました。必要なら地図を見ます。
「何日いたの?」
スタンプを見ればわかると思いますけど、3日間です。
「日本では何をしているの?」
ノージョブです。
「ノージョブって何?」
ジョブレスです。他に言い方を知りません。
「お前ちょっとそこに立っとけ」
ヒェッ!
こうして立たされること5分くらい。
もう一人若い日本人が止められている。日本人乗ってたんだ。
訝しげにパスポートの表紙を眺めている。
「なんであの日本人のパスポートは赤色なのに、あなたのは青色なの?」
そんなのどうでもいいだろう。仮に偽造なら違う色のものなんて作らないだろう。つまり興味で聞いているだけなのだ。これで仕事しているつもりなんだからしょうもない。
「僕は若いからです。若い人はこの色なんです。」
間違っちゃない(20歳未満は5年間有効の青色パスポートしか作れない。20歳以上は10年間有効の赤色パスポートも選ぶことができる。手数料が違うだけで発行にかかる手続きは同じ。)けどトゲがあるぜ。その回答で納得したらしく、その日本人はオッケーを貰えていた。
「おい、お前は何やったんだ?」
アホそうな男が僕と同じく止められたらしく、ニヤニヤと聞いてくる。
「俺はコソボからセルビアに抜けてきたんだが、コソボの出国審査でもらった紙を無くしたんだ。貰ったのは覚えてる。」
システムをチェックしたら分かるんだから調べろって言ってるのに聞かないんだ、とグチグチ勝手に喋ってくる。仲間だと思われたらマイナスイメージだ。僕は目を合わせずに「なるほどー」と言い続けた。
そして僕は連れて行かれた。しかし悪いことはしていないので堂々としておこうと思った。
連れて行かれた先には上司らしき男。僕を審査した女性が事情を説明している。
現地語で話していたので詳しくは分からないが、恐らくアルバニアから北マケドニアへ移動した際にコソボを経由していて、なぜか出国スタンプがないから怪しんでいるんだろう。知らんけど。ちなみに何故ないのかも知らない。
上司らしき男が口を開き、明らかに「ヤパン(日本)~」という単語を言った。女性は不機嫌そうな顔で僕にパスポートを返却し、バスに戻れと指を刺した。
あーあ、日本人でよかった。なんちゃって。ほんとこういうのってどうなんだろうね。自国のイザコザを観光客にまで押し付けるとはイケてないね。
ちなみに僕と同じく止められていた男はそのまま帰ってこなかった。
ハンガリーの入国手続きはすんなり。なぜかサンキューとまで言われた。こちらこそサンキュー。
さっきの日本人に話しかけてみた。どうやらヨーロッパを周遊している大学生らしい。旅のスタイルが僕とは違うようだが、ヨーロッパまで来ると確かに普通の旅行者も増えてきた。僕らみたいな小汚い旅人はどこへ隠れているんだろうか。宿にもそんなに多くはいない。
そもそも、バックパッカーなんてヨーロピアンが多数派だから、ヨーロッパに来たら減るのも当たり前な気がしてきた。日本人で、中国や韓国にバックパッカースタイルで行く人なんてそんなに多くないでしょうし。ますます肩身が狭い。
15時過ぎにハンガリーの首都、ブダペストへ到着。ブダペストはBudapestと書くんだけど、なんとなくブッダ(Buddha)を連想するから勝手に和のイメージを持っていたけど、全くもって実物は洋風そのものだった。
地下鉄に乗って宿へ向かう。ブダペストの地下鉄の一部は世界遺産に登録されている唯一の地下鉄らしい。なんでもユーラシア大陸では初の地下鉄らしい。
確かに少し独特な作りの地下鉄で、印象的なのがめちゃくちゃ速いエスカレーター。僕はたまにめちゃくちゃ速いエスカレーターに乗って焦る夢を見るんだけど、それと遜色ないくらい速い。この例えが伝わらないのも分かるが、とにかく思ってるより速いのだ。
出会った日本人とは宿が違うので地下鉄でお別れし、宿に荷物を置くと僕はすぐに服を買いに行った。
実は今夜はオルガンのコンサートを聴きに行く予定なのだ。なんとなく、ハンガリーといえば音楽だろうと思って調べてみたら音楽学校のコンサートのチケットが安く買えることが分かり、昨晩予約しておいたのだ。
お値段なんと700円程度。席は二階席の端っこという最低ランクの席だが、よく分からん勢には十分。
しかしそれなりに少しはまともな服を着なければならない。まさかフリースで向かうこともできず、ジョージアでカジノ用に買ったシャツの上にセーターでも着ていればなんとなくまともに見えるだろうと思い、セーターを買った。
靴は革靴ではないが、ハイキング用の皮でできた靴なので、大枠で見れば革靴という見方もできるだろう。
宿に戻り、シャツとセーターに着替え、コンサート会場へ向かった。
よし、おんなじような格好の人がまあまあいる。大丈夫、セーフだ。
すぐさま二階席の端っこの指定された席へ向かう。豪華絢爛な内装。これが音楽学校か。



しばらく待つと照明が落ち、ぽっちゃりした人が出てきた。配られたパンフレットによると、学校の先生らしい。ベストティーチャー賞も受賞したことのあるベテランティーチャーだ。
ところでオルガンってなんなんだろう。ぽっちゃり先生は胸の前で指先を合わせ軽くお辞儀をしてオルガンの前に座った。そうか、それがオルガンだったのか。ピアノみたいだけど鍵盤が何段もある。そして補助の男性が横に立った。
ぽっちゃり先生はオルガンをゆっくりと弾き始めた。なんか思っていた音と違う。ピアノみたいにキリッとした音ではなく、ホワーンとしたかんじ。
なんだ、さすがにコンサート会場が大きいからマイクで音を拾ってスピーカーから音を出しているのか。
席が変なところなので、あんまりぽっちゃり先生も見えない。天井のシャンデリアを眺めながら聴いていた。
ああ、落ち着く。最近紛争関係のことばかり見ていたから心が疲れていた。なんだか心が解きほぐされる気分。心地よい。
シャンデリアから舞台前方に視線を移すと、何本もの巨大なパイプが設置されているのが見えた。
よく見てみると、スピーカーなんてどこにもない。しかもなんとなくその巨大パイプから音が聴こえてくる気がする。
あっ、まさかこれウワサのパイプオルガンってやつか!
ホワーンとした音はパイプから聞こえていたのだ。通りでオルガン本体だと思っていたピアノみたいなやつから音が聞こえてこないと思った。
すごいな、ものすごく沢山のパイプから色んな音が出ている。補助役の男は演奏の傍で何かオルガンのツマミみたいなものをこねくり回している。
その動きに合わせて音のボリュームが変わっている。なるほど、DJみたいなものか。
曲が終わると、ぽっちゃり先生は立ち上がり、観客に向けて再び胸の前で指先を合わせて軽くお辞儀する。
二曲目はホワーンという音ではない。ピョンピョンという音だ。なんだこれは、まったく違う音が出せるのか。
どういう仕組みなんだ。不思議でしょうがない。
数曲終えた後、途中休憩に入った。すぐにオルガンの仕組みについて調べた。どうやら、空気をパイプに送り込んで音を出しているらしい。つまり、ピアノみたいな部分で鍵盤を押すと、対応したパイプに空気が送られて音が出る仕組みのようだ。更に、見えているパイプは一部だけで、奥の方にもっと膨大なパイプがあるらしい。
一つのパイプからは一つの音しか出せないらしいので、あのDJがツマミをいじって使うパイプを切り替えているようだ。なるほど、分かった気がする。
スッキリとして後半の演奏へ。曲名も知らないけれど、結局は音楽なので聴いているだけで満足できる。
数曲終えると、合唱隊が入ってきた。恐らくこの学校の学生だろう。オルガンの演奏は伴奏に変わり、合唱がメインになる。プロの合唱も初めて聴く気がする。
CDの音楽はデジタルデータである。しかしそれがデジタルかどうかなんて人間の耳では判断できない。デジタルデータの形式は音質云々に影響すると言われているが、科学的には音質が悪いと言われているmp3形式のデータは人間の耳では聞き取れない部分の音をカットすることで圧縮している。
それならばmp3だろうが、生のコンサートだろうが関係ないはずだが、今聴いている合唱は超高音質のアナログ形式。CDの音が0から1,2,3と階段状に音量を増していくのならば、彼ら彼女らの声帯は0,0.01,0.02,0.03というような滑らかな坂道のように声量を生み出している。
考えていて訳が分からないが、スッと鼓膜に溶け込んでいくようなしっとりとした歌声だ。
再びシャンデリアに視線を移す。薄暗い会場に吊るされたシャンデリア。舞台照明が反射して輝いている。
コンサートは終わった。驚くほどあっさりと観客は会場から撤収。
僕も波に飲み込まれて会場を後にした。
帰り道、暗い道。それなりに人は多い。
前から犬を連れた女性が向かってくる。なんだか嫌な予感がして少し避けてすれ違う。
その瞬間、犬が腕に噛み付いてきた。瞬時に手を引いたので、服の袖に噛み付く形になって間一髪だった。
女性は無言で立ち去っていった。
「えっ?」
驚きのあまり女性を振り返って声が出た。なんで謝らないの?おかしくない?
また舐められてるんだ。仮に僕が大統領だったら大慌てで誠心誠意謝るだろう。無視して通り過ぎるということは、僕が怪我していようが何かの病気にかかろうが関係ないのだ。
僕は悲しい。舐められるのが悲しい。人に上下をつけるあなたの心は淋しい。

せんまさお

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