ベランダで朝ごはんを食べているとポーランド人が声をかけてきた。
「暑いね」
そうなのだ、再び暑い国に来てしまったのだ。しかもカスピ海のせいで湿気もある。蚊も多くてうんざりする。
「昼間には出歩けないな」
そう言ってしばらくベランダで話す。彼はイランからアゼルバイジャンに来たらしく、イランの情報を教えてくれた。
「とにかく安いんだ。タクシーを一日チャーターしても10ドルだ。使わない手はないよ。」
とにかくイランは素晴らしいらしい。しかしケバブ屋さん以外の外食店が少ないから、調べておかないとケバブ以外食べられないリスクがあるらしい。
暑いなー、動くのしんどいなー、と二人でタバコをふかしていたが、思い立って絵葉書を買いに行くことにした。
宿から徒歩1分の書店で絵葉書を買い、宿で書く。暑くて汗が滲みそうだ。
ハンディ扇風機を取り出して涼んでいると、スタッフが大きい扇風機を持ってきてくれた。ポーランド人の彼は言った。
「クーラーつけてよ」
確かにそうだ。昼間は電源オフにしているらしい。スタッフは、特別だよ、とクーラーをつけてくれた。
手紙を書き終えたので郵便局に向かう。そして、ウズベキスタンでお土産にお皿を買っていたので、国際郵便で日本に送ることにした。
手紙を郵便局員に渡し、宅配の窓口の整理券を取った。混み合っているらしく、1時間半待った。
「お皿を送るには証明書が必要です」
どうやら僕が買ったお皿はアート作品として分類されるらしく、アゼルバイジャンの国立美術館で輸出の認証を受ける必要があるらしい。
これは素晴らしい作品だ、と認定されるなら嬉しいが、必要なのは「これは無価値なものだ」という証明だ。見たらわかるだろう、これはただのお土産やさんで買った安物だ。下手したらダイソーにありそうなレベルだ。
とりあえず遅めの昼飯を取ることにする。時間はすでに15時半。お腹と背中が入れ替わるくらいペコペコだ。
国立美術館方面へ向かっていると、見慣れた文字が目に飛び込んできた。
「たこやき」
僕は気がつくと店内にいた。どうやら日本食料理屋のようだ。メニューは高い。
僕は気がつくと肉蕎麦11マナト(748円程度)と唐揚げ10マナト(680円程度)とコーラを注文していた。
「お腹ペコペーコでーす」
僕は店員さんに伝える。あと5分待って、と厨房に走る。約10分後、香ばしい唐揚げが運ばれてきた。
「レモンを絞ってね」
僕はレモンをトヨタの経費くらい余すところなく絞り、久しぶりに握った箸でその黄金の肉を挟み上げる。お口に運んだ瞬間、ガーリック、ジンジャー、ソイソースのフレーヴァーが肉汁と一緒にお口に広がる。いや、果たしてそれはお口に収まっているのか、もはや全身がエクスタシーで包まれているのでよく分からない。
次に肉蕎麦が運ばれてきた。もはや蕎麦が認識できないほどの肉のボリューム。この店は分かっている、生姜の千切りとタマネギが一緒に甘辛く煮込まれている。
お汁はコーヒーのように深い茶色をしている。幸いだ、僕は濃い味が好きだ。僕の血圧は上が138なのであと2は余裕がある。
添えられたレンゲでスープを一口。あっ、あっ、これはお出汁。夢にまで出てきたお出汁。
世界中で魚から出汁を取るのは日本とモルディブのみらしい。鰹に限定すれば日本だけ。日本の味はと聞かれると、それは醤油でも味噌でもなく出汁なのだ。
麺は割とコシがある。茹で過ぎていない。もはや何割で割っていようが関係ない。だってお汁の味が濃いんだから蕎麦の風味なんて分からない。
でもそれでいいんだ。肉蕎麦をオーダーしたということは、それは蕎麦界の邪の道を進むことを決めた表明でもあったからだ。本心を言うと、蕎麦に期待はしていなかった。肉が入ってりゃ色々ごまかせるだろうという下心があったのだ。
「ごちそうさまでした」
店員が恐る恐るキッチンからこちらを覗いている。突然現れたネイティヴジャパニーズ。新装開店したばかりに見える小綺麗なこの店に初のサーベイがやってきたのだ、無理はない。
「いかがでしたか?」
「お腹いっぱいでーす、美味しかったでーす、ごちそうさまでした」
絞ったレモン以外、綺麗さっぱりお汁に至るまで全てを胃に収めたのだから、大満足以外の評価がつくことを恐れる必要はない。
「イッツベストジャパニーズレストランインザワールド。サンキュー。」
日本以外で、と言うことを忘れたが、まあいいだろう。お会計を済ませ、全スタッフに見送られながら店を後にした。
国立美術館へ向かう。
仕事終わりか、昨日声をかけられまくったツアー会社のスタッフ集団とすれ違う。最後尾に昨日勧誘を断ってムッとされた女性の姿が見えた。そしてすれ違うときに僕を睨んで舌打ちして去っていった。最悪な人だ。
美術館入り口のスタッフに声をかける。
「認証は毎週水曜日に行なっています。お皿の写真3枚とパスポートのコピーを持って、明日の3時に来てください。」
幸いにも今日は火曜日。明日の発行ならもう一日、滞在を伸ばそう。お皿はできるだけ持ち歩きたくない。それにしても、ウズベキスタンで買ったお土産の輸出になんでアゼルバイジャンの許可がいるんだろう。
中央アジアでのシェアタクシー移動や暑さ、気疲れから身体が参っている気がしていたので、サウナに行ってマッサージを受けることにした。
せっかくならと、100年以上の歴史があるというバクーで一番古いサウナに行くことに。こちらではハマムと言うらしい。
道を進んでいると、煌びやかな、いやエキゾチックな外観のハマムが見えてきた。歴史というより今を感じさせる派手な外観。
中に入ると、張り切った女性スタッフが受付をしてくれた。
僕はサウナとマッサージだけのつもりだったが、あれよあれよという間に欲が溢れ、垢すりとスクラブ洗浄もセットで付けてしまった。200日記念のお祝いもしていなかったからいいだろうという言い訳だ。
お金を払うと、手持ちが1マナト(68円程度)しかなくなってしまった。大人失格のお金の使い方だ。
まずは服を脱いで腰布1枚になる。サウナに入るが、日本人と違ってみんなすぐに出て行ってしまう。僕は600秒数えたら出ようと座っていた。気持ちいい。
600秒耐え、さあ水シャワー浴びるぞ、と思っていると、スタッフに垢すりに誘導された。工場のラインを流れるパンのように作業的に動線を進む。
垢すり台に寝させられると、ホースで全身を流された。突然だったので鼻の穴にお湯が入る。
「ゲフゥ、ゲフゥ」
鼻から入ったお湯が喉まで達したせいでむせる。
腰布を剥ぎ取られ、おちんちんがあらわになる。剥ぎ取られた腰布はコンパクトに丸められ、おちんちんの上に乗せられた。
垢すり用の手袋をした男に全身を擦られる。痛気持ちいい。そして驚くほど垢が出る。こんだけあれば垢太郎作れるでぇ、とまたモンゴルぶりに力太郎の物語のことを思い出していた。
「ゲフゥ、ゲフゥ」
また突然お湯を全身にかけられ鼻の穴にお湯が入る。
新しい腰布を与えられ、身体をおじさんに拭いてもらう。こればかりは不快極まりない。
次はマッサージだ、と連れて行かれる。マッサージ部屋の中にいたのは縦横比3:1くらいの女性。
「ジャパン、スシ、テンプラ、スキヤキ」
ベッドにうつ伏せで寝る。オイルを選べるとのことだったが、選ぶと追加料金らしい。1マナトしか持っていないと言うと、ノーマルなミントのオイルでマッサージは始まった。
どこにそのウエイトが逃げているのだろうか、オイルで体の表面を撫でられているだけで何も効かない。
「もうちょっと強くお願いします」
強くね、オッケー、と言うが、相変わらず弱い。コンニャクのように柔らかい手のひらで30分間撫で回されただけで終わった。
「チップちょうだい」
帰り道で水を買いたいから無理だと伝えてマッサージ部屋を出た。すかさずおじさんがやって来る。
次はまたサウナらしい。今度は1,000秒目指すぞ、と意気込んで入るが、ちょうど200秒くらいで早く出てこいと注意されてしまった。まだ身体もあったまってない。
再び垢すりをした部屋に入れられる。横になると、腰布を取られ、丸めておちんちんの上に乗せられる。
「ゲフゥ、ゲフゥ」
またお湯をぶっかけられて鼻の穴にお湯が入る。
おじさんは真っ黒なスクラブを取り出し、僕の全身に擦り込んでいく。ほんのりチョコレートの香りがする。垢すりで痛んだ皮膚のトリートメント効果があるらしい。
今度は立ち上がってお湯をぶっかけられる。これなら鼻にお湯が入らない。
台も洗浄して再び寝かせられる。今度はスクラブのオイルを流すために石鹸で全身洗われる。顔も髪の毛も全て石鹸で洗い流す。おじさんに洗われるのは不快でしょうがない。
「ゲフゥ、ゲフゥ」
また不意打ちのお湯だ。石鹸の泡で目が開けられないときに卑怯じゃないか。
また身体を拭かれ、元の更衣室に戻される。
「チップちょうだい」
身体を洗ってくれたおじさんが更衣室から離れない。水が飲みたいから無理だ、と言って服を着て受付に戻る。
ロッカーの鍵を返して外に出る。街は美しくライトアップされていた。おかしいな、サウナとマッサージを受けたかっただけなのに。
せんまさお
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