湖から吹く風が冷たく、顔にマフラーを巻いて寝た。できるだけ身体に足が近づくように、体育座りのような格好で寝袋に入り、横を向いて設置面積を減らす。これが一番身体が冷えにくそうだ。
朝食はトースト。ジャムとスパムペースト。やっぱりこのスパムペーストおいしい。熱々の湖コーヒーでパサパサトーストを流し込む。
さっさとテントを畳んで出発。今日は大ちゃん(馬)のテンションが高い。いつもなら最後尾を遅れながら着いて行くのにやたらと前に行きたがる。
大ちゃん(馬)がオシッコをし始めた。急に立ち止まって後ろ足を左右に少し開けばオシッコのサインだ。大ちゃん(馬)のオシッコの湯気が昇ってきて臭い。
オシッコを終える頃には他の馬に置いていかれてしまった。その時、急に大ちゃん(馬)が爆走し始めた。
ヒヒーンと鳴きながら今までに出したことのないスピードで他の馬を追いかける。パカラッパカラッではなく、パカラパカラパカラパカラくらいのイメージだ。
そして大ちゃん(馬)は僕を振り落とそうとしてか、頭を激しく左右に振った。僕は落ちないようにしがみつくのが精一杯で手綱を引いて止める事が出来ない。
あっという間に他の馬に追いつき元のスピードまで落ちた。九死に一生を得たような気分だ。あのスピードで落ちたらシャレにならない。
あの時の大ちゃん(馬)がどのくらいのスピードだったか分からないが、馬は最高で時速70km以上で走れるらしいので僕を乗せていることを加味しても危険なスピードだったことだろう。
ショックで呆然としたまま乗り続けること約2時間。大ちゃん(馬)のテンションも疲れてきたのか落ちていた。いつも通り遅れては小走りで付いていく。
そして小走りに入ったその時、大ちゃん(馬)は全く何もない草原で壮大につまずいた。大ちゃん(馬)の右脚がおっとっとという感じで沈む。
小走り中だったので少し腰を浮かせていた僕はそのまま右前に向かって横回転で落馬した。
草原に背中から落下していく僕は全てがスローに見えた。そして確実に大ちゃん(馬)の右脚を視界が捉えた。
「踏まれちゃう!」
僕はそのまま横回転して大ちゃん(馬)から距離をとった。
上手いこと身体が横回転して落ちたことと、スピードがあまり出ていなかったこと、下が草原だったことから無傷で済んだ。
再び大ちゃん(馬)に跨るが、朝の暴走と言い、落馬と言い、乗ることへの恐怖が少し生まれてしまった。もし朝、あのスピードで振り落とされていたら、落馬したのが崖や尖った岩の上だったら。最悪の事態が頭をよぎり、乗馬的には良くないんだろうが、鞍を左手で掴むようになった。
道程は山道へ差し掛かる。大ちゃん(馬)はヒーヒー言いながらも力強く山を登る。垂直方向に登ると傾斜がきついので、ジグザグに進路をとる。
山の頂上で昼食。雨が降りそうなので一気に食べる。トマトソースコーンご飯。
雨が降る前に山を降りたかったので飲み物もなし。片付けしていると雨が降ってきてしまった。
ガイドのパタさんは木にもたれかかって寝てしまった。あたりが一気に肌寒くなる。レインウェアを着る。雨が雹に変わった。3mm程の氷がボロボロと降り注ぐ。さっきまで暑かったのに次の瞬間にはどうなっているか分からないことが恐ろしい。
雹が雨に戻り、そして止んだ。今のうちに出発する。馬は下り坂が苦手なので降りてロープを引く。
先程の雨で地面がぬかるんでいる。粘土質の土がヌルヌル滑って僕も大ちゃん(馬)もツルツル滑りながらゆっくり降りる。
ふと後ろを見ると、大ちゃん(馬)が必死に4本の足で踏ん張っている甲斐もなくスライディングしながら僕に突っ込んで来ている。
僕は焦りながら横に避け、ロープを引っ張って大ちゃん(馬)のスリップを止める。しかし最低300kg以上はありそうな大ちゃん(馬)なのでなかなか止まらない上に止まらないことにびっくりして暴れ始めた。
ロープを離してなるものかと強く握るが、大ちゃん(馬)のスリップは止まらず僕は無数の木の枝に突っ込んでいく。僕は地面のぬかるみで何度もひっくり返りながらもロープを離さずに引っ張って大ちゃん(馬)を止めようとする。
地面が平坦になったところでようやく大ちゃん(馬)のスリップは止まった。僕は泥と水に塗れ心身ともにボロボロだ。
もう嫌だ。全力疾走で振り落とされそうになったり、躓いて落馬したり、スリップする馬を引き止めてひっくり返りまくるなんて。なんて日だ。
山を降りてから再び大ちゃん(馬)に跨る。今日の目的地は2日目に泊まったゲル。エイトレイク周辺を回って戻ってきたのだ。
ゲルが見えてきたあたりで昨晩焚き火を囲んだアメリカ人が歩いているのが見えた。なんという奇跡。よくこの広大な草原で会えたな。また会えることを願っているとはよく言ったもんだ。
ゲルに招待し、一緒に泊まることに。彼はヒッチハイクでここまでやってきたらしい。テントを張ろうとしていたら僕らを見つけたらしい。
ガイドのパタさんがシャワーでも浴びなさいと促してくる。えっ、シャワーあったの?どうやらこのゲルには簡易なシャワーがあるらしい。奥さんがお湯を焚き火で沸かしてくれている。
ガイドのパタさんがショップにでも行ってきなさいと促してくる。えっ、ショップあったの?どうやらこのゲルの近くにはショップがあるらしい。
近くのゲルまで歩いて行くと、中は確かにショップになっていた。そりゃそうだ、ゲルに住む人でもたまには食料品くらい買うか。
僕は久しぶりのコーラとスナック、タバコを買った。少し高めだが、喉から手が出て地球を一周して戻ってくるくらい欲しくたまらなかった。
ホクホクでゲルに戻る。彼はボロボロに砕け散ったトーストとどこで買ったのか分からないチーズピザを持っていた。チーズピザを少し分けてくれる。チーズがエゲツなくおいしい。口中がヨダレで満たされていく。ヨダレのドリンクバーがあるとしたらそれは今、僕の口の中にある。僕たちは普段こんなににも旨いものを食べていたのか。
お礼にジャムをあげると言ったらめちゃくちゃ良いリアクションで「ジャム!?」と喜んでいた。
僕はコーラをがぶ飲みする。ハジける炭酸のせいで頭が蒸発して天と一体になりそうだ。溢れ出る快楽物質に全身でどっぷりと浸かる。
僕は持ってきていたスニッカーズをアメリカ人にあげた。彼は今までに見たことのないようなキラキラした目とほころんだ口元で僕のことを見ている。
「僕が小さい頃、おじいちゃんの家で貰ったのは、そう、スニッカーズ…」
またなんかブツブツ言っている。とっておきのコーラもあげた。俗世を嫌う流離い人のふりしてるが、彼はやっぱりアメリカ人だ。とても素敵な顔で正座してコーラを飲んでいる。
お湯が沸いたのでタンクに詰めてもらい、シャワーを浴びる。石鹸を使ってもいいとの事だ。念のため自然にマシな天然成分由来の石鹸をAラさんから借りる。
お湯は限られているのでチョロチョロと使う。身体を一通り濡らして止める。石鹸を泡立て洗うが全く泡立たない。天然成分由来だからという訳だけではない。
髪の毛なんかは驚くほど泡立たない。石鹸が吸い込まれているかのように効果を失う。何度も何度も洗っては流し、ようやく泡立ってきた。
お湯でシャワーを浴び、石鹸を使うことができる幸せよ。身体を拭きながら自然と笑みがこぼれる。少し火照った身体が冷たい風で冷やされて気持ちがいい。
髪の毛がサラサラだ。ここ数日、スタイリング剤を使ったかのように変幻自在に形が変えられるほど脂ぎっていたので髪に指を通すだけで喜びが込み上げてくる。
ついでに服を洗っているとアメリカ人がやってきた。シャワーを浴びないのか聞いたら、僕は十分に清潔だと言って足と顔だけ洗っていた。
いや、彼は十分に汚い。ゲルに泊まるときはいつも同じゲルで寝ていたガイドのパタさんは鼻をつまんで出て行ってしまった。他のゲルで寝るらしい。
彼も何日も身体を洗っていないんだろう。更に欧米人の体臭は少なくとも東アジア人からすると結構キツイ。暖炉で暖まってくると、ゲル内にモヤっとした悪臭が充満する。
暖炉の前で濡れた靴を乾かすもんだから、薪をくべて空気を吹き込むたびに臭い。
ところで旅人ってほんとにシャワー浴びない人が多い。移動が重なって浴びられないことはあるが、そうでなくてもたまに浴びてない人が多い。
身体を清潔に保つのは他人に対するマナーだよ。
せんまさお
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