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バックパッカーシンドローム(Backpacker Syndrome)。
一度バックパッカースタイルの旅を経験して帰国すると、再び次の旅へ出たくなる心理状態とそのための準備行動を指す。(Wikipediaより)
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人生で最も楽しかった41日間の旅を終え帰国した2013年2月24日から2018年11月13日までの2089日間の日々は、全てが旅のために存在していたと言っても過言ではありません。
ここに誇張はなく、たったの一日たりとも旅のことを考えなかった日はありません。
初めての海外一人旅
大学2年のある日、僕は一人の大学生のことを知りました。とある講演会のようなイベントだったのですが、その人は、公演の持ち時間を過ぎ、スタッフに止められてもなお、経験してきた世界一周の話を止めませんでした。
学生でも世界一周なんてことができるのかと驚いたと同時に、あまりに楽しそうに話すその姿に、その人がとてもカッコ良く見えたことを今でもはっきり覚えています。
2013年1月14日、大学卒業間際。貧乏学生だった僕は、ようやく貯めた13万円を持って、初めての海外一人旅へ出発しました。最初の目的地はマレーシア。それ以外に決めていることはありませんでした。
まだまだLCCというものが日本では浸透していなかった時代。エアアジアという安い飛行機が、関西国際空港からマレーシアまで飛んでいるということを友達から聞き、航空券を買いました。値段は片道1万5千円程度だったと記憶しています。
友人には余裕に見せかけながら旅立ちましたが、内心は不安でしかたありませんでした。
大学生の間は、やりたいことをなんでもかんでも一生懸命やったつもりです。お陰様で、友人にもチャンスにも恵まれ、毎日スケジュールがパンパンの生活をしていました。
そして旅に出るにあたり、日本で関わっていた全ての活動を辞めました。そして旅に出て3日目、僕は途方に暮れていました。
(俺、ただのビビりじゃん)
やっていたことも、役割も、学歴も、自分の周りについていたものを全て剥がし取ってしまえば、そこに残っていたのはただの腰抜けの22歳でした。
落ち込んで公園に座っていたとき、大量の猫を引き連れたおばちゃんが歩いていました。思わず猫の写真を撮ったのですが、おばちゃんは激怒し、お金を払えと迫ってきました。
僕はびっくりして逃げ出しましたが、本当に泣き出したくなりました。
一人は孤独で、自信まで失っていました。
そんなとき、ひょんなことから一人の旅人と出会い、それを機に何人もの旅人と出会っていくことになります。
そしてマレーシアからタイへ走る電車の中でふと気づきました。
全てを辞めたことでガランと空いていた隙間に、新しい何かがドンドン入ってきていることに。
当時の僕は、自分を成長させるために数多くのチャレンジをしてきたと自負していました。しかし、それにも限界を感じており、自分が決めた枠内ではこれ以上の成長を望めないことが分かってはいましたが、その枠の外へ飛び出る方法を見つけられずにいました。
そして今この旅を通じて、枠の外へもうすでに出ていることに気づきました。
そこからの日々は非常に楽しく、振り返ってみても人生で最も楽しい時間でした。毎日のように初めての経験をたくさんしました。
旅は心を子どもに戻してくれました。公園で走り回ったあの日、日が暮れるまで友達の家で遊んだあの日、当てもなく野山を探検したあの日の無邪気な楽しさがそこにはありました。
そして、ただ黙々と世界を放浪する旅人たちに心を打たれていました。
41日間の旅を終え、帰りの空港に向かう途中、ラオスの地平線に沈む夕陽を見ながら僕は無意識に呟いていました。
「楽しかったなぁ...」
それと同時に涙が溢れ、止まらなくなりました。いつかまた、旅に出ようと決意した瞬間でした。
サラリーマン生活
帰国してから入社まではあっという間でした。
働き始めてから知ったことだったのですが、仕事は思ったよりも大変でした。
訴えられても嫌なので曖昧に書きますが、仕事以外の時間をいかに睡眠に充てるかが重要な程度働いていました。
ある日、終電にギリギリ間に合い、地下鉄で家に帰っていたのですが、大阪の淀川にかかる鉄橋の上を通っていたとき、車窓に映る自分の姿に気づきました。
(もしかして俺、サラリーマンになってる?)
なんとなく、サラリーマンになる姿を想像できないまま生きてきたのですが、そのとき初めて自分がサラリーマンになっていることに気づきました。そして、旅からは遠い存在になっていると気づきました。
会長の話
四半期に一度、全社朝礼がありました。会長は大変立派な方で、一代で会社を一部上場企業に育て上げた凄まじい人です。
会長が話される時は、自然と背筋が伸びます。そしてこう話されました。
「2020年、皆さんはどうしていたいですか?」
その言葉を聞いた瞬間、全身に稲妻のようなものが走りました。
(...そうだ、俺は旅していたい)
僕は30歳になる2020年に仕事を辞め、旅に出ることを決めました。
しかし、仕事は簡単なものではなく、(期待されていたからだと信じていますが)責任の重い仕事を文字通り「大量」に担当していました。組織で動く「会社」ですから、当然理不尽なこともありました。
ブラインドの隙間から覗く夕陽を見て旅を想い、本社ビルのはるか上空を飛ぶ飛行機を眺めて旅を想い、空港行きの特急列車を目で追って旅を想う日々。
「旅人は今日も頑張っているんだから僕も頑張ろう」と心を奮い立たせ、果てのない残業に取り掛かっていました。
挫折
しかし2018年4月27日、僕はプレッシャーに耐えきれず仕事を辞めました。27歳の時です。心が完全に折れてしまいました。こればかりは挫折としか言いようがありません。
退職してからの日々は、ただ過ぎていくだけの毎日が辛く、何かしようにもエネルギーが湧きませんでした。ついには食べ物の買い出しすら面倒になり、小麦粉を水で溶いて焼いたものに砂糖をかけて食べていました。
不便に思ったのか、元先輩(僕より先に退職していた方)に声をかけて頂き、先輩の仕事を手伝うことになりました。
しかし、激務とは真逆のゆったりした環境の中で、有り余る時間をどう過ごせばいいのか分からないままでした。思い返せば、猫の写真を撮って怒られた、初めての海外一人旅3日目と同じような感情になっていました。
その職場は京都にあり、僕は京都にある大学に通っていたので、暇つぶしに思い出の大学に行ってみることにしました。
思い出が沢山ある鴨川沿いを自転車で走り、思い出が詰まった大学にコッソリ潜入しました。
大学内は整備されており、新しい建物も建っていました。在学当時の面影も残っていますが、どこか違うところへ来たかのような感覚になりました。
いつも「何かしよう」と有り余るエネルギーをぶつけ合っていた会議室に学生の姿はなく、一つは改装されてボランティアセンターになっていました。
「日本を元気にしよう」と、いつまでも話し合っていた勉強スペースには、文字通り勉強している優秀な学生がいるだけでした。
学生の頃住んでいた家の近くにある弁当屋まで、当時お世話になっていた280円弁当を買いに行ってみると、380円に値上がりしていました。
380円の唐揚げ弁当を自転車のカゴに乗せ、鴨川沿いを走って家に帰っている時、思わず泣いてしまいました。
(もうあの楽しかった日々はここにはない)
ここには友達も、街並みも、残っているものはなく、ただ寂しくなっただけでした。
ザリガニ
ある日、あまりに暇で、あまりに寂しく、ペットを飼いたくなりました。しかし、ペットを飼うということには、責任が伴います。
考えた末、ザリガニを捕まえにいくことにしました。スーパーで買ったスルメを糸に結び、割り箸から垂らして川に入れました。
しかし一向に釣れる気配はなく、仕事が終われば来る日も来る日もザリガニを釣りにいろんな川に行きました。
そして5日目。鴨川でザリガニを探していると、雨が降ってきました。
服はびしょ濡れになりましたが、ザリガニを諦めることができず、僕はひたすらスルメを垂らし続けました。
雨に打たれながら鴨川を覗き込みつつ、考えていました。そして僕はようやく「現実」と「過去はもうどこにも存在しないこと」を受け入れ、未来へ一歩進んでみることを決めました。
顔を上げてみると、すぐ目の前には旅がありました。自然と力が湧き、旅に向かって進むことを決めました。
帰り道でホタルを見つけました。とても美しく光を放っていました。
また旅へ
旅のためにフィリピンへ語学留学に行き、その後、インドから旅をスタートしました。
旅のことが頭から離れず苦しんだこともありました。正直な話、いわゆる「いい会社」で働いていました。もし仮に働き続けられていれば、どちらかというと裕福な家庭を築けていたかもしれません。大きな庭付きの家で乗れそうなほど大きな犬を飼えたかもしれませんし、タワーマンションの高層階から夜景を見渡せたかもしれません。
しかし、旅に出たいという気持ちがある以上、それは目指すところから遠すぎた仕事であり、やりがいを感じられず、苦痛でもありました。
旅になんて出会わなければ、普通に生きていられたはずなのに、旅に出会わなかった人生を想像するだけで心にぽっかり穴が開いたような気持ちになります。
バックパッカーシンドロームという言葉は、旅に懲りた人がバックパッカーを卑下する時に使う言葉でもあります。
旅は決していい趣味だとは思えません。なぜなら犠牲にするものがあまりに多いからです。
しかしそれでも、また旅に出たいという気持ちに嘘はつけません。旅を愛しているのに、愛していないとは言えません。
バックパッカーシンドロームで結構であります。僕はこの病気と一緒に生きていく人生を選びます。
せんまさお
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