路線バスで国立人類学博物館へ向かう。この博物館は「行く価値がある」と言われているそうだ。
メキシコシティの路線バスは2階建。しかも2分おきにやってくる。
2階の席に座って街を眺める。どうやら車線を一部封鎖して、今日はサイクリングのコースとして開放しているようだ。面白い取り組みだな、と思って眺めていたら、バスが停まった。
何かアナウンスが流れたと思ったら、乗客がブツクサ言いながら全員降りて行った。なんとなく降りないといけない雰囲気だったので僕も降りた。
例のサイクリングコースのために、一時的にバスの路線も封鎖されたようだ。公共交通機関がそんなことあっていいのか。
博物館まではまだ歩いて30分以上かかる。かと言って他に手段もないので、諦めて歩くことにした。
15分ほど歩いた時、奇跡が起きた。
(SUKIYA)
「すき家だ!」
僕は無意識に店内に入って、無意識に牛丼の唐揚げセットを注文していた。
恐ろしい時代だ。すき家がどこにでもある世界。中国でもたまたま、すき家を見つけたことを思い出した。
しばらく待つと、牛丼と唐揚げ、味噌汁、麦茶のセットが出てきた。
まずは味噌汁をすする。まるで風呂に浸かった時のような安心感のある味。
牛丼は塩っぱめの濃い味。僕の好みの味。唐揚げも日本の味そのままだ。
タコス、タコスっぽいホットドッグ、タコスっぽいハンバーガーには飽き飽きしていたので、とても幸せだった。特に日本の米を食べられたことが嬉しかった。
元気百倍で博物館へ向かった。幸せを噛み締めながら歩いていたら、あっという間に着いた。
博物館は広大。今日はメキシコ人だけ無料の日のようで、とんでもなく人が多かった。
遺跡から運んできた出土品の数々。説明はほぼスペイン語しかないので読めなかったが、展示が丁寧でクオリティが高い。
特にマヤ族のカレンダーと呼ばれている石碑と、ヒスイで作ったミイラマスクが見どころらしく、人がたくさん集まっていた。
全部じっくり見ると、1日あっても足りないほど豊富な展示品。要所要所、気になるものだけ見て行った。
気になったのは、その個性的なデザインである。先住民族の遺した品々の漫画チックなデザインがかわいい。
上手にデフォルメされた絵や像が、アニメの国、日本に生まれた僕の心に刺さる。
アジア、ヨーロッパ、アフリカでは見ることのなかった、どこかポップなデザインがかわいかった。
今まで行った博物館の中では、エジプトのカイロ考古学博物館が一番だったが、それに並ぶほどの満足度だった。
帰り道では道路の封鎖は解除されていた。バスで一度宿に戻り、荷物を置いて向かった先は「アレナメヒコ」という会場。
ここではメキシコの伝統的なルチャ・リブレが見られる。所謂、プロレスだ。
僕は中学生の頃からアメリカのプロレスWWEが大好きで見ていたのだが、その時好きだったスーパースター(選手)の2名ともメキシコ系アメリカ人だった。ちなみにレイ・ミステリオとエディ・ゲレロの2名。
特に覆面レスラーのレイミステリオは、メキシコのルチャ・リブレスタイルの戦い方をするので、それが少年の僕にとって、とてもかっこよく見えていた。一人でベッドの上で飛び跳ねてマネしていたのを覚えている。
そんなルチャ・リブレの本番に来たのだから、一番いいアリーナで観覧しようとチケットを買っていた。このために急いでメキシコシティに来たのだ。
僕が買った席は、選手が入場してくる通路近く。正面ではないが、選手を近くで見ることができる。
30分前に会場へ入った。まだ人はまばらだが、チケットは1週間前の時点で半分以上売れていた。たぶんみんなギリギリに来るのだろう。
席までスタッフが案内してくれたので、僕はスマートにチップを渡した。実にスマートである。
近くの席の皆様にスマートに挨拶(オラ!)して、席に座る。ベンチに年季が入っているのが渋い。
武者震いしながら待つ。ベンチが揺れる。
居ても立っても居られない。僕は立ち上がり、会場内をウロウロしはじめた。
会場には日本の国旗があった。実はプロレスが人気の国には限りがある。日本はその数少ない国のうちの一つなのだ。現に日本とメキシコでは団体間を選手が行ったり来たりして活躍している。
会場にもだんだん人が集まってきた。時は来た。
僕はスマートに席に戻り、開会の挨拶を聞く。周りの人の拍手のタイミングに合わせて拍手をする。何を言っているのか分からないからだ。
すると急に第一試合が始まった。現場では実況がないのでタイミングが分からない。
ルチャ・リブレは3本マッチが基本らしく、スピーディーに勝敗が決まっていく。1本で決まらないので逆にハラハラする。
初めて生で見るルチャ・リブレの空中殺法。飛んで跳ねてカッコいい。
しかし、実はプロレスは生で見ると技術の差を生々しく感じるものである。
こんなことを言ってはいけないのだが、プロレスというものは、あくまで格闘技ショーなのである。格闘技ではない。
大胆な技を繰り出し、その技をしっかり受けることが美徳なのだ。なので、中途半端に手を抜いた技を出し、技を受ける時のリアクションには実力が滲み出る。
上手な人は、本当に迫力があって、会場が盛り上がる。下手な人は、ショーであることを観客が意識してしまい、まあまあな盛り上がりになるのだ。テレビでは上手いこと撮影しているので、この違いに気付きづらい。
正直言って、第1〜3試合は、ボチボチの盛り上がりであった。(第2試合の女子プロは別の意味で盛り上がってはいた)
そして第4試合。正直どの選手のことも知らないが、やたら派手なマスクをしたTITAN(ティタン)という選手が入場。入場時の服にはメキシコと日本の国旗が縫い付けられていた。
世界ウェルター級の現王者らしい。なんか身体も引き締まっててかっこいい。
明らかに今までの試合とは違う、キレのある技の数々。気がつけば、会場が一体になって盛り上がっていた。
熱心なファンも、家族連れも、学生カップルも、そして外国人の僕も、会場が一つの熱に包まれて、ただただリングを見つめ歓声を上げていた。
壮絶な試合の末、TITAN選手は勝った。彼こそが本日の僕のスーパースターになった。
その後もハイレベルなチーム戦1試合を挟み、遂に最終試合。
一番人気のMISTICO(ミスティコ)選手の入場。
「ミスティコー!ミスティコー!」
と会場中の人が叫んでいる。子どもたちも、MISTICO選手の覆面を被り、入場路の横に集まって叫んでいる。
MISTICO選手は子どもたちに駆け寄り、ハイタッチやバグをしている。スターだ。一人でSMAPしているような人気具合だ。
試合内容はMISTICO選手のための試合というかんじで、ファンは盛り上がっていたが、試合の内容ではTITAN選手の方が迫力があったように感じた。
しかし、MISTICO選手のファンは、彼の勝利を喜んだ。子どもたちも満足そうにしていた。平和な世界。
これで試合終了だが、締めのアナウンスもなかったので、ふんわりと退場が始まった。
会場の外には、グッズ屋さんの屋台があった。僕はTITAN選手の覆面を探した。どこの店もMISTICO選手の覆面を前面に押しだしているので、僕がTITAN選手の覆面がないか聞いたら、奥の箱から色々と出してくれた。
僕は気に入ったTITAN選手の赤色の覆面を買った。プロ仕様の通気性と伸縮性のあるものだ。絶対に僕が試合する日はこないが、通気性と伸縮性はあった方がいい気がして、一応品質にこだわっておいた。
ビニール袋はくれなかったので、覆面をポケットに押し込んで、地下鉄に乗った。
駅の近くでタコスを買って、食べながら宿へ歩いて向かう。もう夜遅く、ちょっと治安が心配だったので、いっそのこと覆面を被って帰ろうかと思ったが、余計に絡まれそうなので、やっぱりやめた。
今日は本当にいい日だった。道路が封鎖されたおかげで、すき家に行けた。世界一に並ぶ博物館に行けた。憧れのルチャ・リブレを観れた。通気性と伸縮性のある覆面を買えた。本当にいい日だった。
せんまさお
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